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コラムNo.35

老人保健施設で働いて考える事

勝田郡医師会
  山 下 佐 知 子

いつの間にか、医者になって40年がたってしまいました。

まだまだ女医の少なかった時「女の内科医は、つとまらない」「2年間は結婚してはいけない」等々、某病院長の女性差別発言に奮発して、がむしゃらに働いた10年間の大学病院生活に終わりを告げ、主人との二人三脚で地域医療に携わった15年間、そして今、老人保健施設で15年目を迎えました。

私の勤務する老人保健施設勝央苑は、入所者50名、通所者35名の小規模な施設です。

入所者の平均年令89.4才、平均介護度4.2、入所者の9割が認知症を合併しています。

『老健施設の特養化』が今、あちこちで取り上げられていますが、当施設も、併設病院を持たない独立型であること、近隣の市町村(津山・勝英圏域)の高齢化率が30%前後であることなどから、在宅復帰ができる利用者は数カ月に1~2名で、入所者の平均在所日数は690日(最長895日)と、大多数の入所者は、2年前後の長期入所になっています。そのうちの8割近い方が、施設で終末まで過ごし、最期の看取りまでを希望されています。

介護・福祉の経験もなく、その上、認知症患者の経験も乏しく、高齢者の終末期ケアの在り方もわからない手探り状態の中で、無我夢中で過ごしてきたように思います。

最近でこそ新聞・TV等のマスメディアが、高齢者医療のありかた、高齢者の終末期ケアの在り方等色々取りざたされており、また、日本老年医学会から高齢者ケアのガイドラインも発表されていますが「患者を救命することが医師の務め」とインプットされていた私の頭の中で「生きること、死ぬこととは?」「人生の最期をいかに迎えるか」「いつまでが救命で、いつからが延命か」等、真剣に悩み考えさせられる日々を過ごしていました。

7年前、認知症で寝たきりであった母が亡くなりました。胃瘻の造設はしていませんでしたので、最後は末梢から点滴をしていました。血管も脆くなり、点滴してもすぐ洩れていましたが、その日は特に何回も洩れて『痛い!やめて!』と言って泣く母を、叱りつけながら針を刺しました。その2日後、母は亡なりました。それが、母との最後の会話になりました。

同じころ、83歳のKさんが入所してこられました。「私は今まで、沢山のお医者さんの世話になってきたけど、先生が私の最後の主治医なんやね。最期まで苦しまないように看取ってね。約束だよ!」と、固く手を握り、はっきりした口調で頼まれました。その言葉を聞いて、施設で働く事とは、利用者の方々の人生の最後に出会い、最期の時までを一緒に過ごすお手伝いをすること、そのことは、私とって、何よりの得難い貴重な経験であり、人生勉強をさせていただくことになるのだと深く感謝するとともに『安らかな看取りのお手伝いをするのも医療の役目』と考えるようになってきました。Kさんは、入所から3年10カ月後、私や職員に見守られて、静かに息をひきとられました。

今、高齢者の方から、日々人生勉強を、若い職員達からは、若さと活力をもらいながら、いずれは訪れる最期の時『医師として、妻として、母として…』全てにperfectはできないけれど、自分としては、満足ができ『我が人生に悔いなし』と言えるように、日々過ごしていきたいと願っている今日この頃です。

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