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コラムNo.57

カボスの里から桃の里へ

医療法人やまもと医院
  山 本 裕 子

薄ピンク色で赤ちゃんのホッペのように美しい白桃の皮をむきながら、一口頬張って「岡山に来てよかったあー!」と叫ぶ私。傍らで「それはよろしかった…」とボソッとつぶやく夫。…毎年桃の季節が来るとそんな恒例の会話を繰り返してすでに32年になろうとしている。

九州で研修を終えた私は、まだ瀬戸大橋などなかった時代、嫁入り道具を車に乗せて、実家の"カボスの里"大分から豊後水道、瀬戸内海と船で渡り、大好物の果物が美味しい"桃の里"岡山にやってきた。美しい島々が点在する瀬戸内の風景に感動し、これからの生活に胸をふくらませ、さながら"瀬戸の花嫁"気分の若きよき時代であった。

それからの勤務医時代は、3人の子育てに追われながらも、仕事で遅れをとらないようにと必死だった。今のように男女共同参画という言葉などない時代であったが、亡き義父母の助けをかり、理解ある上司にも恵まれて、勤務、当直、学会参加などをこなしてきた。

ゆっくり医学書を読んで勉強する時間はなく、小児科医の私の主な教科書は3人の子どもと患者さん達であった。育児を楽しみ、また時には悩み、多くのことを経験しながら母として小児科医としてなんとかやってきた。

20年前に総社の地で夫とともに開業したが、その頃「せんせい、チックンしないでー!」と泣きべそをかいていた患者さんが今は母親になってしっかりと子どもを抱っこして予防接種に訪れるようになった。思春期の我が子との接し方に苦悩し一緒に泣いたり笑ったりした当時の母親は、孫の手を引いて診察室に入ってこられる優しい笑顔のおばあちゃんになった。時の流れを感じるとともに、世代を超えて子ども達の成長や家庭の様子を見させてもらえる小児科家庭医としてのありがたさを感じ得ずにはいられない。

また、子育てからも解放され地域のおばさん小児科医となった今、診察室から飛び出して多くの人と知り合って一緒に仕事をする楽しさをも実感させてもらっている。医療界以外のさまざまな領域の方々との出会いがあり、知らない世界の話が聞け、診察室とは違った経験ができてとても楽しく充実した時間である。

そして、気がつけば還暦目前…。やりたいことはいろいろあるが、あまり無理もできない年齢になった。少しでも長く小児科医を続けられるように、持病と上手に付き合い、時には友人達と羽目を外し、長年苦楽をともにしたスタッフと一緒に日々楽しくやっていこうと思う。

秋には実家の年老いた父母から送られてくるカボスをギュッと一絞りして故郷をなつかしみ、夏には大好物の桃を頬張って幸せな気分に浸りながら、一年一年大切に過ごしたいと思う今日この頃である。

(これまで出会った多くの患者さん達、支えてくれたスタッフや友人達、そして両親、家族に感謝を捧げて…)

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