岡山県医師会

TOP >  岡山県医師会の活動 >  役立つ会報Lineup > EnJoi通信

役立つ会報Lineup

EnJoi通信

EnJoi通信のTOPへ戻る

コラムNo.67

高齢者とともに

(社福)淳風福祉会 理事長
 兼 特別養護老人ホーム若宮園常勤医
  光 宗   泉

いつも県医師会報のこのコーナーを楽しみに拝見しております。

昨今の若い先生方への大学や医師会の応援を羨ましく思い、同年代の先生方のご活躍を眩しく拝見し、先輩の先生方のこれまでのご苦労には畏敬の念を抱くのみです。

私は卒後36年目の内科医で、現在の高齢者施設との関わりは、通算27年になります。大学、一般病院からも長く離れ、子育てで6年間ほどは専業主婦をしておりましたので、このコーナーに登場される先生方のようにキャリアを積むこともなく、ひたすら高齢者の日常と向き合って過ごしてまいりました。

私が代表を務める社会福祉法人は、昭和57年に最初の特養を50床で開設して以来、公の高齢者施設の建設計画に沿って規模拡大し、今では岡山市内の2ヶ所にある特養や老健等の複合施設に、常時360人以上の高齢のご利用者様をお預かりする規模となりました。通所サービスも積極的に展開しております。

介護保険制度開始以降は、次第に介護保険施設に対する社会的認知度も上がり、現在では医療も含めた地域包括ケアまで論じられる世の中となりました。

しかし私が初めて特養の非常勤医師として高齢者の方々と接した施設開設当時は、“介護”という言葉さえ聞いたこともなく、医療職以外は全くといっていいほどの素人集団でした。入所されてくる方々は、病院では目にすることもなかった凄まじい四肢拘縮のある方、対応できないほど認知症(当時は痴呆)の周辺症状が強い方、何を間違えたのかとんでもない重症疾患の方などで、回診する度にすったもんだしておりました。

それでも施設職員の高齢者に対する思いは強く明るく、試行錯誤を繰り返しながらも長い時間をかけて、現在のように高齢者の尊厳を強く意識した介護施設に発展してきました。介護理論の進化も大きな力となりました。私どものような長い歴史を持つ施設での、高齢者に起こりうる様々なトラブル(医療的、介護的)の体験の積み重ねがなければ、現在の多種多様な高齢者施設での優れた介護対応は存在し得なかったのではないかと思っています。

若くてすべてに未熟だった私は、ご利用者様やご家族への対応に苦慮し、周囲にも大変迷惑をお掛けしました。でもここ10年、自分の両親の衰えに直面し、ご利用者様やそのご家族のお気持ちを自分のこととして感じられるようになってから、施設内の医療についてもある程度確立した考えを持つことができるようになりました。

現在、協力病院の先生も特養に来てくださっていますので、常勤医の私も、かなり柔軟な医療対応ができています。東京の世田谷区にある特養芦花ホームの常勤医師 石飛幸三先生が書かれた“「平穏死」のすすめ”をお読みになった先生も多くいらっしゃると思います。医師としての私も、拙いながら石飛先生に近い考え方で、ほぼ同様の仕事をしております。

現在特養に入所するには、要介護3以上であることが必須となっています。このため入所の時点で複数の基礎疾患を持ち、嚥下機能や体力低下が既に見られる方がほとんどです。誤嚥性肺炎、尿路感染は日常的にみられます。厚労省は医療病床を減らそうとしているようですが、一般的な特養ではこのような状態で治療が必要な方々はいったいどうすればいいのでしょうか。昔の制度を引きずった矛盾だらけの医療保険、公の気まぐれに振り回される介護保険にこれからどう対応していけばよいのでしょう。

私は現在法人内の特養で、年間25~30名の方の看取りをさせていただいています。10年前には、ご家族と看取りのお話をするのもなかなか難しいものがありましたが、最近では社会全体の意識が変わったのか、ご家族が日頃の現場職員のご利用者への対応をよく見て下さっているのか、ほとんどのご家族が施設での看取りを希望されます。もちろん特養でターミナルステージを過ごすことが医療的に無理な方もおられますが、でき得る限りご希望に応えて、自然で苦痛のない看取りができるよう多職種協働でがんばっています。

私は学生時代にこのような仕事をしている自分を想像したこともありませんでした。でも自分の意思に関係なくライフワークとなってしまった高齢者施設の医師という仕事を、これからも大切にし、素のままの人格となられた高齢者の方々と正面から向き合って生きていこうと思っています。

最後になりましたが、県内に私のような立場で仕事をされている先生はほとんどおられないと思いますので、ご参考までに書かせていただきました。

ページトップ