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コラムNo.78

私の小さな勲章

医療法人 堀医院 奥本 香苗

卒後、耳鼻科医として走り出した医師としての人生は、気がつけば20年を超える歳月が経過し、現在は、父が作り上げたクリニック(倉敷市水島)に平成25年、院長として就任し、父と共に地域医療のお手伝いをしています。就任当初は、この地で生まれ育ったとは言え、長く離れていましたので、院長という立場に不安がありましたが、父、スタッフ、地域の先生方に助けて頂きながら自分の理想とする診療に少しでも近づけるよう日々奮闘しています。

医師になってからは、大学病院で仕事だけに没頭する生活を送っていましたが、結婚・出産を機に、私の生活は一変しました。当時は今のように女医支援制度などない時代でしたので、仕事だけに専念するというそれまでの自分の働き方を変えざるを得ませんでした。私は、すべてに100%の力を降り注ぎたいタイプの人間なのですが、それは現実的には不可能な事です。でも、仕事をやめるという選択肢は私の中にはありませんでしたから、医師・主婦・二児の母としての二足ならず三足のわらじを履き続けるためには、仕事はパートで、それ以外の時間を育児と家事に費やす、そういうスタイルを取らざるを得ませんでした。

でも、自分で選択したスタイルとは言え、仕事を控えていた時期は、この世界は経験が大いにものを言いますから、あまりにも勉強に時間を割けない状況に、耳鼻科医として遅れをとるのではないかと、ずいぶん葛藤しましたが、限られた時間の診療に集中し、最大限の力を注ぎこむことで、溝を作らないよう努力してきたつもりです。実際、診療に携わる時間は減りましたし、大学病院等でフルに働かれている先生に比べればやはり同等とい う訳にはいきませんが、出産・育児という特別で貴重な経験は、今の自分の診療に多大な影響をもたらしています。

そんなある日、私の気持ちに変化をもたらすある出来事がありました。なんと額にタコを発見したのです!!一瞬『えっ?』と思い、何度も何度も見直しましたが、間違いなくタコでした。原因は、耳鼻科医には欠かせない額帯鏡の“あたり”によるものでした。女性としてかなりショックでした。だって、額にタコですから!普通の女性の額にタコなんて出来ませんから!

そんな時、研修医時代に目にした耳鼻科のベテラン女医さんのコラムをふと思い出しました。その先生は、何十年も耳鼻科医として走り続けたその額に大きな“額帯鏡ダコ”があり、でもそれは、耳鼻科医としての自分の歴史であり、むしろ誇りに思うというものでした。その言葉はショック状態の私の心に響き、仕事を控えながらも辞めることなく頑張り続けた証なのだと思うと、努力が報われた気持ちになりました。『これは、自分の頑張りに対して与えられた小さな勲章なのだ』と思うことで、逆に晴れ晴れとした気分になりました。

さて、耳鼻科医が診療に用いる額帯鏡は、現在、多種多様なものがありますが、私の額にタコを作った張本人は、写真に示す初代のものです。私が入局した当初は、材質が改良されていたとは言え、初代のようなタイプがまだまだ主流でした。現在は“鏡”ではなく“ヘッドライト”が主流となり、私も二代目からライトタイプに変え、現在は三代目を使用しています。初代額帯鏡は輪の部分が硬い上、使用中頭からずり落ちないようにかなりきつく締めないといけないので、鼻・副鼻腔の手術時などは二時間近く頭を締めつけられた状態で、術後はいつも激しい頭痛に襲われたものでした。これを毎日、外来診療時にも長時間にわたり使用していたわけですから、タコも出来るはずです。今使用している三代目は耳にかけるタイプなので、軽量で、頭の締め付けからも解放され楽になったと同時に、額のタコがこれ以上大きくならないと思うと、女性目線からは大変喜ばしいことです。初代のようなタイプは今では見かけることも少なくなり、特に若い先生方は使用することすらないようです。今後は、額にタコを作る女性医師は、おそらくいなくなることでしょう。

残念ながら私のタコは消えることはありませんが、先に述べたように、私が耳鼻科医として歩んできた歴史そのものですから、いろいろ思い悩む事も今後もあると思いますが、そんな時は額の小さな勲章を見て、励みにしていきたいと思っています。

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