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コラムNo.93

卒後40年

さいとう耳鼻科 齋藤 稚里

来年の3月で卒業して40年になることに、この文章を書くときに気がつきました。光陰矢のごとしを実感します。戦争を経験した父親から、『身に着けた知識だけは誰も奪えない』と、教育の大切さを植えつけられ、男女平等な仕事は医師か教師か薬剤師との勧めで医師の道を選びました。

最近になって思うことは、よい時代に医師として過ごせたのかな、ラッキーだったのかな、ということです。医師の仕事は男女平等男女同権といいながら、結婚して子供ができると家事育児は女の仕事で、母親業は待ったなしです。若くて情報の少なかった当時は三歳神話の真只中、保育園はだめという夫に専業主婦になり、仕事して輝いて見える友人を片目に婦人の友の‘友の会’に入り、主婦修行をするも早く復帰したいとあせる日々でした。

息子が3歳になったとき「大学に人が足りないから帰っておいで」と声をかけていただきました。ネーベン要員でもよいと思っていたのですが、当時の医局長からの「大学病院で3年間きちんと研修したほうがよい」とのアドバイスで、フルタイムの自信はないまま復帰しました。友の会で知り合った友人が息子の二重保育を引き受けてくれて、人の縁はどこにあるかわからない、どんな出来事も無駄ではないと思ったものです。

大学に復帰して一年がたったころ寄生虫学教室に基礎研究にという話があり、学位はいらないと思いながら気楽に顔を出しました。基礎の先生はまじめで、テーマを与えてくださり、一人で実験できるまで日曜日にまで教えてくれるので抜き差しならなくなり、真夜中子供たちが寝てから古い基礎棟に行き、朝起きる前に帰り、実験を繰り返したのも良い思い出です。

自分より若い先生に教えてもらい、一度は仕事より子供を選んで研修を中途半端にしたから、二度目は信用を失うという意地とあせりですごした大学病院生活でしたが、市中病院に一人医長で出るとき「手術もいつでも手伝いに行くよ」「困ったときはすぐ相談においで」という当時の医局長の言葉に、大学の近くでラッキーだなと思いました。仕事場に関しては女性に優しい教室でした。

仕事をしていると忙しくていらいらしていることが多く、家族にはいろいろ迷惑をかけているかと思います。息子が小学校低学年のとき、「お母さん、仕事がつらいのなら仕事やめたらいい、僕はお母さんが好きなことをしていると思って、さびしいのを我慢しているのに」と言いました。それ以降、仕事は楽しいと思ってするようにしています。見栄は捨ててわからないことはわからないという、聞く、できない手術は応援を頼む、対応の難しそうな患者さんは早めに相談して抱え込まない、などいつも心軽く仕事をしました。それでもストレスを感じたら小説の中に逃げ込み、空想の世界でヒロインになることでいつも心をリセットしていました。

子供が小さいうちは学校や子供会の役員も振ってきます。その時自分に言い聞かせる言葉、それは『こんなこと、失敗しても誰も死なないし』です。子供たちの親として社会生活をすると、仕事をしていることは免罪符にはなりません。PTAで大役がきて困ったなと思っても、失敗しても・・・と思えば気楽です。今は保育園も増えましたし、働く母に対する世間の目も優しくなり、何より配偶者たちの理解も増していますが、男女ともに医師の仕事は増えることはあっても減ることはなく、親業も不変です。まだまだ女医さんたちの頑張りが求められます。

どんなに仕事が楽しい振りをしても、救急で夜間に呼ばれ睡眠不足のまま手術をすることに不安を覚えるころ、開業の話が起こり、50歳を過ぎてから開業の世界にとびこみ、いつの間にか10年の歳月が過ぎました。開業は『診療一割雑用九割』といいますが、診療以外の部分は夫をはじめ周りの人にお世話になり、好きな仕事を楽しんでしているのが今現在の自分です。

医師としての能力はともかく、今できることをして、将来したいことを夢見ていると、少しずつでも現実になっていくことを信じています。

寄生虫学教室で実験をしているときに、「まじめな努力がすべてよい結果を生むとは限らない。けれどもよい結果はすべてまじめな努力から生まれる」と助教授に言われました。今どんなに努力していても結果として報われるか否かわかりません。『人生は長いから体を大切にして家族を大切にして、今の仕事を大切に思い、でも自分の夢をあきらめないであせらないでゆっくり仕事を続けてほしい』というのが、若い先生へのメッセージです。

息子はまったく違う仕事を選びましたが、娘は同じ仕事に就きました。今までを省みて、男女平等か否か考えると、私自身は女性で少し得をしていたことが多いのかなと、小さな孫を抱きながら思います。

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