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コラムNo.95

お母さん医師から常勤医へ

岡山済生会総合病院 内科 寺坂 律子

この度は岡山県医師会報に寄稿させていただき有難うございます。

2017年春より岡山済生会総合病院に内科医として勤務させていただいている寺坂律子といいます。

昭和56年岡山大学を卒業してから早くも36年が経ち、昨年還暦を迎えました。随分長いようにも思いますが、途中お母さん兼医師として働いて、約10年前に常勤医に復帰した事もあり、現在も力不足のままだと反省の毎日です。

そもそも医学部に入ったのは、広大附属福山高校時代の友人に岡大の医学部を受けない?と誘われたのがきっかけでした。大学を卒業後岡山大学第一内科に入局し、姫路赤十字病院と岡山済生会病院で研修を受けました。当時の済生会病院は内科当直が1人で救急外来と病棟当直を兼務していたため、10分程仮眠を取ったらまたコールされという激務、しかも翌日も通常勤務でした。妊娠6カ月で安定期ではあったものの当直後に切迫流産で入院し、その後3カ月間ベッド上安静の末、長男を出産しました。他の先生方には診療で多大な迷惑をかけたまま、出産後は退職の扱いになってしまいました。すぐさま当時の医局長であった糸島先生へ連絡し、“他の同期と同様に病棟医をします”と宣言して出産後6週で岡山大学第一内科へ帰局、病棟医を1年務めた後、循環器内科グループでリサーチをさせていただきました。リサーチ後の第2子妊娠中にも初期から切迫流産となり入退院を繰り返し、結果としては無事次男を出産しましたが、そのままフェイドアウトするという中途半端な締めくくりとなりました。しかし、またまた産後6週で赤磐医師会病院に勤務と、何とか仕事だけは継続しました。

その後津山、姫路と転居し、2人の子育て中であったため、中小の病院で非常勤医として長く一般内科をしました。その間、心カテなどの研修のため姫路循環器病センターへ通った時期もありましたが、体力不足を痛感して挫折してしまいました。

約10年前、子育て卒業を機に循環器内科の勉強をし直そうと考え、ちょうど心エコー検査担当の医師を探していた福山市民病院へ常勤医として復帰しました。若い循環器内科医の仲間に入り、生理検査の技師さんたちと共に心、血管エコー検査の再研修です。病院見学や講習会にも参加して知識を増やし、最新の装置を使っての心エコー検査ですが、不器用なため中々上達しません。センスって本当に大事ですね。それでも何とか現在の循環器内科はこんな風に進歩してるんだと分からせてもらった気がします。

今回こんな年で転勤し、周囲は知らない人ばかり、全く違う環境に慣れるのが大変ですが、定年まで後2年と少し!と自分に言い聞かせながら頑張るつもりです。

35年前に勤務させてもらった時もそうでしたが、岡山済生会病院には多くの女医が勤務されています。中には子育てや介護など、女医ならではの問題を抱えながら頑張っている人もいますし、男性医師同様にバリバリ活躍して世界に羽ばたこうとしている名医もいて、女医をひとまとめに考えてはいけないと思っています。体力的には男性医師に劣るかもしれませんが、昼夜無く働いている頑張り屋さん達ばかりです。

女医の労働人口は他の職種と同様M字カーブを描き、女医の増加と共に医師不足の原因の一つとなっていると思われます。個人的には託児所だけではなく、託老所もあれば良いのにと思ったりします。

こんな悩みを抱えた私達を、周囲の皆様、マンパワーの宝庫と考えて暖かく見守ってくださいね。

私自身が仕事を続ける事が出来たのは家族の協力があった事と職場の経営者の先生方の理解、循環器内科の仲間のおかげと思って、本当に感謝しています。

私が頭と身体が動く限り働きたいと言うと、友人にいい加減辞めないと周囲が迷惑すると言われます。働いてくれたら助かると言ってくれる所もあるんじゃないの?? ネエ!(終)

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