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コラムNo.10

無縁時代を経験

高橋耳鼻咽喉科医院
  高 橋 武 代

昨年NHKで放映されて社会に大きな衝撃を与えた番組がある。「無縁社会」である。生涯独身の人、離婚した人、配偶者に先立たれた人などが如何に最期の日を迎えるかというドキュメンタリーで、誰にでも起こりうる「一人で最期を迎える」という問題を直視し、反響が大きかったため再放送や続編も作られた。

たまたま私も本編、続編とも見て深く考えさせられた。ニートや独身主義者にも自分たちの将来を考えさせるきっかけとなったようだ。今のところ配偶者がいて離婚の予定もないので、当分は無縁社会と無縁でいそうだと思っていた。

こんな私の甘い考えをひっくり返すようなことが起こったのだ。年に一度は胃と大腸の検査を受けているのだが、昨年は実家に近い高松の診療所。今年は岡山の某病院にお願いしようと一か月前から予約を入れていた。その検査予定日の一週間前に前投薬をもらいに受診した時のことである。

検査の一連の説明を受けた後「検査は全身麻酔になる可能性があるので、検査中どなたかに付き添ってもらい、そのあとはその方と一緒に帰宅してください」と言われた。検査後には運転できないことは知っていたが、一人でタクシーに乗って帰ればいいと思っていたのだ。

夫は遠方で単身赴任中。子供二人は更に遠くで就職中。九十歳の父が高松にいるが、まさか頼めず。

友人もいるが予定もあるだろう。色々な人の顔が浮かんでは消えた。

結局検査はキャンセルして去年と同じ所に頼み込んでどうにか終わったが、これが私の経験した「無縁社会」である。

それから一カ月後、今度は夫が足の手術のため入院をすることになった。御存じのように入院に際して保証人のサインが必要となる。私が病院勤務時代には、一人かせいぜい二人もいれば大丈夫だったが、今回は三人も必要だった。父と息子の名前を無断で拝借した。病院にしてみれば入院費の取りはぐれや、もしもの時の遺体の引き取りという心配があるのだろう。

「無縁社会」の住人になると、保証人がいないため、検査、入院、手術がやりにくい。入院になっても身動きできなければ、洗濯、必要品の買い物、支払い時に銀行へ走るという当たり前のことができない。今は健康で生活していても、老齢になると、持家が無ければに部屋を借りようにも借りられない。不動産屋や大家さんが独居老人を嫌がるそうだ。持家があっても死後誰にも気づかれずに数カ月経過という恐ろしいことも起こる。

番組では独居の人たちが集まって、必要時には互いに助け合う組織を作り、生前から墓を買い永代供養の手続きを済ませる。番組を見ていると、なるほどこういう活動もあるのかと、感心しつつもまだ他人事であった。今回の自分の検査、主人の入院などを機会に無縁社会が突然そこまで来たことを実感した次第である(なお、この問題は「無縁社会その後」という形で再び2月にNHKスペシャルで取り上げられた)。

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