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岡山県医師会の歴史

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13 末長 敦 会長時代(2006年4月~2008年3月)

2006(平成18)年2月18日の第162回臨時代議員会で役員選挙が行われ、新会長に末長敦が選出されたほか新役員が決まった。同4月、新執行部がスタートした。

会長
*末長 敦
副会長
*石川 紘、*井戸俊夫
専務理事
*藤田愼一
理事
笠井英夫、小武守研二、川崎祐徳、梶谷 喬、丹羽国泰、山崎善久、森藤忠夫、糸島達也、*前島皎仁、*田中茂人、*道明道弘、*大本佐和子(初の女性理事)、*中島豊爾、*谷本光音(立候補者が定数15に達せず、4月9日の補欠選挙で選出)
監事
馬場 清、*木本克彦
社会保障部長
*森藤忠夫
同副部長
*中島豊爾
福祉部長
石川 紘
同副部長
藤田愼一
日医代議員
井戸俊夫、森藤忠夫、末長 敦、藤田愼一、石川 紘、丹羽国泰

(*は新任)

就任にあたり末長会長は、日本医師会に対しては是々非々で対処する。その際、会長の独断でなく会員の意見を率直に聴き、日医に伝えていく。県行政へは主張すべきことは主張する一方、郡市地区医師会とは密接な連携を取っていくことを強調した。

中国四国医師会連合総会が、2006年5月27、28日の両日、岡山市で9県の医師会長・理事ら230人が出席し開催された。末長岡山県医師会長が委員長を務めた。総会では、老人医療の崩壊を招く療養病床再編に断固反対することなどを決議した。初日は常任委員会や四つの分科会で各専門分野の活発な議論が交わされた。2日目は、特別講演としての片山虎之助・自民党参議院幹事長が「時局雑感」、唐澤祥人日本医師会長が「日本医師会の現況と課題」と題し、それぞれ話した。

※日本医師会では同年4月、第114回定例代議員会で任期満了に伴う会長選挙が行われ、唐澤祥人(よしひと)(東京都医師会長)が、現職の植松治雄との激戦を制し、第17代会長に就任した。

岡山県医師会理事会は、2006(平成18)年6月、小泉政権の経済財政諮問会議が社会保障分野において、今後5年間で1兆6千億円の削減を「骨太の方針2006」に盛り込んだことに対し、断固反対する緊急の決議文をまとめ、会長名で首相など関係121カ所に送付。

2007(平成19)年4月開催された第165回県医師会定例代議員会で代議員議長、副議長選挙が行われ、新議長に佐藤博(倉敷)、副議長に池田元子(高梁)がそれぞれ選出された。

37年前に岡山県医師会の援助でタイから来岡、看護学校に通い看護師資格を得た元留学生4人が2007年5月、末長会長を表敬訪問、花束を贈った。4人は看護学校で教鞭を執るなど活躍しているとともに日タイ親善に努めている。

末長会長が、2008年(平成20)度の第31回日本プライマリ・ケア学会を6月13~15日、岡山市の岡山コンベンションセンターなどで開催することを受け入れ。

岡山県医師会など主催で医療問題をテーマとした米映画「シッコ」が、2007年12月16日(日)の午前(10時から)と午後(2時から)、岡山市中区古京町の岡山衛生会館三木記念ホールで無料上映され、合わせて県民約800人が鑑賞した。マイケル・ムーア監督が、6人に1人が無保険者で毎年1.8万人が医療の恩恵を受けずに死亡している米の現実や民間保険会社のあくなき利潤追求を描いたドキュメンタリー調の作品。上映と同時に米で大きな反響を呼んだ話題作。藤田専務理事は「この映画は日本の医療を考える上で示唆を与えてくれる。医療問題について大いに議論してほしい」とした。

岡山県医師会設立60周年記念式

岡山県医師会設立60周年記念式が、2008(平成20)年1月19日(日)、岡山市の岡山プラザホテルで県内各界の来賓、本会員らが出席して行われた。在任10年以上勤続の役員・代議員の表彰や記念事業発表(「桃太郎愛のともしび基金」へ100万円寄付)、県医師会学術奨励賞授与、同受賞講演、ノンフィクション作家・柳田邦男氏の記念講演「危機の時代と心の再生」などがあった。末長会長が「60年前の1947年11月の設立時の初代会長・榊原亨の高邁な志を肝に銘じるとともに、諸先輩の努力に心から感謝する。県医師会員一同が団結して県民のため医療者として恥じない活動を続ける」と挨拶した。

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